冬の河原(平成23年1月)
冬は生きものたちにとって厳しい季節。でも、厳しいからこそ、生きものたちの飾らない“素顔”が見られるのも、この季節です。
1月。冬晴れのある日、緑区大島の相模川の河原にあるカワラノギクの保全地を訪れました。カワラノギクは、市内に自生する絶滅危惧植物です。種の保存のために、種子の採取と、越冬株(ロゼット株)の生育状況を調査するのです。この日は、博物館を拠点に活動する相模原植物調査会のみなさんと、丸石のすき間に生えるカワラノギクの株数を数えたり、同じような環境に生育するカワラハハコの分布状況を調査したりしました。
調査の後、保全地のまわりを歩いて自然観察を楽しみました。すっかり葉が落ちた夏緑樹は、一見すると命の営みを止めてしまったかのように感じられます。しかし、春への準備は着々と進んでいます。アカメガシワやニガキの冬芽はたくさんの毛に覆われていて、毛糸の帽子をかぶったようです。これなら河原の強い寒風にも耐えられそう。
カワラノギクの花(11月頃) アカメガシワの若葉(6月頃) ニガキの展葉(4月頃) 葉が茂っている時には気付かなかった、鳥たちの巣もこの時期は簡単に見つけられます。低い位置に作るホオジロ、ちょっと高いところにはヒヨドリ、もっと高いところにはハシボソガラス。こんなにあったんだ!と思うくらい、河原には鳥たちの巣がたくさんあります。
体全体に鋭いトゲをまとったサイカチは、葉が茂っている頃よりもトゲが目立ち、攻撃的です。ここまで徹底して武装するのには、遠い昔、食害する動物たちとよほど激しい戦いの歴史があったのでしょう。
この時期も黄金色の光沢を失わないのは、ヘクソカズラの果実。人間にはひどい名前をつけられてしまいましたが、ヒヨドリなどの鳥たちにとっては大切な冬の食料です。
観察を終えて帰途につこうとふと空を見上げれば、ノスリが円を描いて飛んでいます。抜けるような青空をおう歌するかのように、高く高く、見えなくなるくらい高く舞い上がっていきました。(生物担当 秋山幸也)
神奈川の養蚕、終わる(平成22年12月)
日本の近代化を支えた養蚕と生糸の輸出。相模原はかつて県内でも有数の、養蚕の盛んな地域として知られていました。桑都八王子と生糸の輸出拠点であった横浜港をつなぐのが、いわゆる「絹の道」(神奈川往還)です。市域東部の主要な交通路である国道16号、町田街道、そしてJR横浜線は、繭や生糸の輸送効率を上げるために整備されてきた側面があります。
その養蚕も近年は急激に生産量が減り、養蚕農家は数えるほどになっていました。そして今年秋、とうとう相模原から、いえ、神奈川県から養蚕の灯が消えることになったのです。
近代以降の養蚕は、農家が卵(養蚕の世界ではタネと呼びます)から育てるわけではありません。優良な品種を安定して供給するため、孵化後しばらくは一括して営農センターなどが人工飼料を使って飼育し、2回脱皮をして3齢幼虫になったところで各農家へ配布するのです。そのため、1軒だけで養蚕を続けることはできません。今年、県内の養蚕農家は12軒。そのうち、4軒が相模原市内でした。
博物館では、市内の養蚕農家である緑区上九沢の笹野さんと緑区根小屋の菊池原さんを取材し、菊地原さんのお宅では一連の作業を映像に収めました
養蚕はたいへんな重労働です。3齢からさらに2回脱皮するまで2週間とちょっと。それまでは、脱皮前に2日ほど動きを止める「眠」の期間を除いて、ひたすら桑をあげ続けなくてはいけません。終齢の5齢になったカイコが桑を食べる勢いは、尋常ではありません。枝ごとあげた桑の葉が、みるみるうちに葉脈だけになってしまいます。
5齢になって8日ほどすると、カイコの体全体が飴色になります。これが、糸をはく直前の「熟蚕」です。このタイミングを見計らい、繭を作らせる「まぶし」に移すのですが、この作業の前にも大仕事があります。カビや寄生虫に弱いカイコを守るため、まぶしも部屋も消毒を行うのです。繭ができて中でさなぎに脱皮した頃、今度はまぶしから繭をはずしてケバを取り、ようやく出荷となります。
2010(平成22)年は、神奈川の養蚕が終了した年として歴史に刻まれました。しかし、産業としての養蚕が終わっても、その伝統技術や生物工学的な研究成果、そして教育素材としての利用の道はまだ残されていますし、それを後世へ伝えていかなくてはなりません。博物館でも、今後は文字どおりの「生きた理科教材」として利用していきたいと考えています。(生物担当:秋山幸也)
キアシナガバチの巣(平成22年10月)
これは、キアシナガバチの巣です。7月初旬から博物館正面入り口前の通路の天井部分に巣をつくりはじめました。木々に囲まれたこの博物館では、建物の周囲に毎年どこかしらで巣がつくられます。見やすい位置にある場合は、生きた展示物として案内表示を出してご来館のみなさまに観察していただいています。
しかし今年、キアシナガバチが巣の場所に選んだのは、よりによって通路の真上。注意を呼びかける張り紙とともに、しばらくようすを見ていました。折しも小惑星探査機はやぶさのブームでたくさんの方がご来館される中、来館者とのトラブルもなく、ハチたちの子育ては順調に進みましたが、8月下旬に、館内へ迷い込んだハチが来館者を刺してしまう事態がおきました。そこで8月25日、これ以上の被害を出さないために巣を撤去しました。
来館者に被害が及んでしまったこと、結果的に子育てのピークにあるハチを、幼虫ごと殺してしまったことは、誠に申し訳なく、残念な結果です。昔から、軒にハチが巣を作るのは、その家の繁栄を象徴する縁起のよいものとされてきました。国際生物多様性年の今年、10月に名古屋でCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)が開催されます。現代を生きる私たち人間と生きものとの共生の難しさを、改めて考えさせられました。(生物担当:秋山幸也)
オオスズメバチとキアシナガバチの比較
キアシナガバチ
木の枝や軒先などに、巣を作ります。オオスズメバチのようなスズメバチ類に比べて小さめで、見た目がほっそりとしており、攻撃性もそれほど強くありません。巣を揺らしたり、手で払ったりしなければ、めったにさされる事はないと言われています。仲間にはセグロアシナガバチがいます。
オオスズメバチ
日本最大のハチで、樹洞や屋根裏などに大きなボール状の巣を作ります。攻撃性が強く、巣の近くを通っただけで刺される事があります。仲間には、キイロスズメバチ、コガタスズメバチなどがおり、いずれも攻撃性が強く、刺傷例がよく報道されるのはこの仲間です。
最強のアザミ、あらわる!(平成22年7月)
毎年、なにかしら新しい外来植物が入ってきて、あるものは消滅し、あるものは定着して分布を広げていきます。こうした外来植物がいつ、どのような経路で入ってきて、どう広まっていくのか。それを知るために、私たちは外来植物の情報に日々アンテナを張り巡らせています。
2010年5月、このアンテナがすごい外来植物の情報をキャッチしました。オオアザミというキク科の植物です。日本に渡来した歴史は古いのですが、神奈川県ではまだ野外の記録がありませんでした。それが横浜市の西のはずれ、相模原市からも近い場所に堂々と咲いているというのです。早速行ってみると、遠目にもわかる大きな株がありました。
頭花を包む総苞という部分に、拷問具を連想させる4センチほどの強大なトゲがあります。もちろん、葉も茎もトゲだらけ。たくさんのアザミを見てきましたが、こんな攻撃的なトゲを持つ種類は見たことがありません。これを引っこ抜こうとするなら、手も腕も穴だらけになってしまいそうです。
オオアザミよりもう少し小ぶりのアメリカオニアザミが今、幹線道路沿いに増えています。これも、草丈が伸びて気づく頃にはトゲだらけでうかつに触れないため、抜かれずに広まっているようです。オオアザミが相模原の路傍に幅をきかせる日も遠からず訪れるかもしれません。(生物担当:秋山幸也)