今年の紅は控えめ?(平成27年12月)
今年の紅葉はパッとしないと、あちこちで言われています。博物館駐車場のイロハモミジも、写真のようにしっかり色づかないまま枝に残るか、早めに落葉しているものが多いようです。
鈍く紅葉するイロハモミジ
紅葉は、光合成と密接な関係にある現象です。紅葉の主役である葉は、光合成の工場と表現できます。実際にその仕事をしている機械が、光合成色素です。この機械は、太陽光を動力エネルギーとして、水と二酸化炭素を原料に糖分(ブドウ糖)を生産します。そして、その副産物は酸素です。この機械は、気温が低いと稼働効率が下がるという特徴があります。
気温が下がって光合成の効率が悪くなり、エネルギーである太陽光が供給される時間も短くなってくると、工場の採算が合わなくなります。まして、機械もしだいに老朽化します。そうなると、工場を経営している木としては工場閉鎖の判断をします。ただ、使っていた機械をそのまま廃棄してしまうのはもったいないため、分解して来年の春の新工場開設の準備などに使えるよう、閉鎖前に葉から新芽や貯蔵倉庫である根へと移動しておきます。工場のイメージカラーでもあった光合成色素の緑色がここでなくなります。
さらに光合成によって生成されたブドウ糖も、ほとんどは新しい枝葉を伸ばすための原料として使われるため、葉から移動済みなのですが、どうしても工場のあちこちに残ります。これはそのままにしておくと、赤い色素に変化する性質があります。以上が、紅葉のしくみです。
紅葉が美しくなる条件は、朝晩冷え込んで、しかも日中はお天気が良いことです。ここから先は想像です。晩秋にお天気がよく日中は気温が上がるのに、朝晩冷え込むと、木が工場閉鎖のタイミングを計りかねるのではないでしょうか。日中は晴天の勢いで機械をフルに回転させているまま朝晩の冷え込みがいよいよ厳しくなると、木が強制的に工場を閉鎖にかかります。そうなると、余剰生産物が工場に残されたまま物質の流れが止まり、たくさんの糖分が工場(葉)で赤い色素に変化する。そんなストーリーが考えられます。
紅葉の色づきがいまひとつと言われる今年の秋は、確かに冷え込みが緩く日照時間が短かったようなので、木が工場の老朽化に任せるまま順当に閉鎖準備を進めて、余剰生産物もあまり出さなかったのかもしれません。ちなみに、事業所を閉鎖することを「シャッターを下ろす」と表現することがありますが、光合成工場の閉鎖、つまり落葉するときは、なんと葉の付け根に「離層」というシャッターのようなものが形成されてぽろりと葉を落とします。
美しかった去年の紅葉(平成26年11月30日 中央区高根)
同じ場所の今年のようす(平成27年12月5日 中央区高根)
さて、紅葉がいまひとつ、なんて言われている年でも、落胆することはありません。地面の上を見ればしっかり紅葉した葉を見ることができます。地面に落ちてから色づく葉もありますし、遠目に見て枝についた葉の紅葉はあまり見栄えがしなくても、落葉の色合いのすばらしさに目を奪われることがあります。さまざまな色のグラデーションや、枝上では感じなかった渋い赤茶色の魅力など、見どころはたくさんあります。
絶妙なグラデーションのサクラの落ち葉
目が覚めるようなイロハモミジの落ち葉
ちょっと不思議なのは、落ち葉の紅葉の風景がとてもすばらしいと思って、その葉を拾って机の上に広げたりしても、美しさがぜんぜん再現できないことです。地面に落ちたままランダムに広がった偶然の妙が美しさを際立たせているのかもしれません。
(生物担当学芸員 秋山幸也)
丹沢檜洞丸調査行(平成27年8月)
平成27年7月下旬、県の丹沢大山自然再生委員会の現地調査会に参加して、丹沢山地の檜洞丸(1601m)へ登ってきました。この委員会は、1980年代から顕著になってきた丹沢の自然環境の荒廃と衰退を食い止めようと行われている丹沢大山自然環境総合調査(平成5~9年、平成16年~18年)をもとに策定された「丹沢大山自然再生基本構想」に基づき平成18年に設置されました。
調査部会部員と登山道を行く
メンバーは大学など研究機関の研究者、NPO、行政、マスコミ、民間企業など、そして県民によって構成されています。私はその委員会の中の調査部会に入っているのですが、さまざまな専門や立場のみなさんとの登山はほんとうに勉強になります。真夏の厳しいコンディションでの登山でしたが、流した汗に見合う有意義な調査行となりました。
ルートは県立西丹沢自然教室から東沢へ入ってツツジ新道へとりかかり、丹沢主稜の尾根に出て檜洞丸山頂を目指すシンプルなものです。しかし、私自身はこれまで相模原市域のいわゆる裏丹沢を中心に歩いてきたため、表丹沢にあたるツツジ新道は初めて登りました。西丹沢はヤマビルが非常に少なく、この小さな吸血鬼の心配をせずに丹沢を登るのはひさしぶりのことです。
枯死した林床のスズタケ群落
尾根に近づきブナが目立ってきた頃、ふと林床を見るとなにか物足りません。丹沢のブナ林は林床をスズダケやミヤマクマザサが覆うというのが本来の姿です。しかし、昨年あたりからスズダケの一斉開花が見られています。ササであるスズダケは、一生に一度だけ開花し、その後すぐに枯れます。さらに、スズダケの群落は一帯が地下茎でつながっているので、実質的に目に見える範囲くらいの株がじつは1個体です。数十年に一度と言われる一斉開花の後に枯死している、今がちょうどそのタイミングというわけです。
もちろん、丹沢の長い歴史の中でそんなことは幾度となく起きてきました。しかし、シカによる食害をはじめ、さまざまな理由から丹沢の植生は衰退の途上にあります。そのほかの複合的なダメージ要因がこの枯死に対してどの程度影響があるのか、丹沢再生委員会でも注視していかなくてはなりません。そんなことも、この現地調査会の大きな目的です。
立ちがれた稜線上のブナ
ブナハバチに食べられたブナの葉
林内に咲いていたタマガワホトトギス
ウスユキソウ
さらに進んで標高1500mに近づくと、ブナの立ち枯れが目立ちます。これも要因は複合的と言われていますが、直接的に影響を及ぼしているものの一つがブナハバチの幼虫による食害です。これまで、7~10年くらいの間隔で大発生してブナの葉を食べつくしていたブナハバチですが、ここ最近は3年ごとの大発生が見られているそうです。そうなると、ブナも樹勢を保つのが難しくなり、気象条件や大気環境などの追い打ちを受けて枯死してしまう株もあるようです。
神奈川県も手をこまねいて見ているだけではありません。ブナハバチに効果の高い薬剤注入によって被害を食い止められるという研究成果も上がっているようで、コストや労力との兼ね合いを見極めながら対策を進めています。
檜洞丸山頂(1601m)
さまざまな問題を抱える丹沢ですが、それでも山そのもののすばらしさ、潜在的な自然の価値は変わりません。真夏はハイカーがもっと高標高の山岳地帯を目指すためか、ほとんど登山者に会いませんでしたが、そのぶん気持ちよく山歩きができました。相模原市ではまだ、丹沢を自分たちの自然環境の問題と自覚しはじめて日が浅いのですが、この雄大な自然環境を誇りとして、積極的に丹沢の再生に関わっていきたいと思いながら下山しました。(生物担当学芸員 秋山幸也)
生きものの黒と白、そして色についていろいろ(平成27年6月)
生きものの名前には、色にまつわるものがとても多くあります。先日立ち寄った相模川の河原にいると、目の前をせわしなく小鳥が行き来しています。
セグロセキレイです。この写真ではあまりわかりませんが、名前の通り背中が黒い。直後、別のセキレイが飛んできました。
こんどはハクセキレイです。 あれ?名前はハク(白)なのに、あんまり白くありません。セグロセキレイとよく似ています。何がハクなのかというと、あえて言えば顔が白いということでしょうか。
ハクセキレイは羽色に個体差の大きい鳥で、別の個体が飛んだところの写真です。
まあ、ハクセキレイという名も納得できる感じもします。 そもそも生きものの名前って人間が便宜的に付けているから、結構適当なのかな・・?
アオサギです。ぜんぜん青くない。あえて言えば、青灰色というところでしょうか。ただし、やまと言葉では「あお」は白から黒にかけて広く寒色系の色全体を指すようなので、間違いではありません。むしろ、正確に色を表していると言えるでしょう。 そういえばアオダイショウも青くなくて、むしろ黄緑がかった灰色です。(抵抗のある方が多いと思うので、胴体のウロコだけの写真です)
これもおかしくありません。古語で青色は黄色味の入った萌葱(もえぎ)色を指す高貴な色名でもあります。 あれ?結構正確に名前が付けられていますね。むしろ色の認識や定義が時代によって変化しているのかもしれません。一般的に、最近つけられた種名の方が色については単純化される傾向があります。日本には古くから自然の色について数えきれないくらいたくさんの微妙な色名があります。機会があれば、こうした古くから知られている生きものの名前と色について見直してみたいと思っています。(生物担当学芸員 秋山幸也)