見かけ倒し?真冬の果実(平成25年1月)
鳥たちにとって、冬は食べ物探しに苦労する季節です。一年中植物の種子を食べるハトや、水中の魚などを捕るために、ほとんど季節に関係無く食べ物が得られる水鳥を除くと、冬は鳥たちが「食べること」にすべてをかけなくてはいけない厳しい季節です。
そんな中、博物館の庭に、真冬に実る果実があります。そのありがたい植物はというと、ヤブラン、マンリョウ、ノイバラなど。博物館にはありませんが、今、家々の庭でたわわに実を付けている園芸樹木のトキワサンザシ(ピラカンサ)もその一つです。
ところが、見ているとどうもこれらの果実は、売れ行きが芳しくありません。樹木の果実は一般的に、豊作と不作を周期的に繰り返します。秋深く実るドングリやそのほかの果実の不作が重なった年は、これらの真冬の果実もよく食べられています。しかし、年によってほかの果実が豊作だと、とうとう食べられずに春先まで残ってしまうことがあります。
こんなに美味しそうに実っているのになぜ?と思い、これらの果実の中身を割ってみることにしました。なんと、ヤブランやマンリョウは、果実とほとんど同じ大きさの種子が一つ入っているだけでした。果肉はほとんど無く、わずかに汁があるだけ。ノイバラは水気が無く、お世辞にも美味しそうなシロモノではありません。
鳥たちが好むのは、エネルギー源となる糖分や脂肪分が果肉に豊富に含まれている果実です。植物にとって果実のほんとうの中身である種子は、ほとんどの鳥は消化せず、フンやペリット(未消化物をまとめてはき出したもの)としてそのまま排出されます。じつは、植物はこれをねらっているのです。自ら動くことのできない植物は、子孫を新しい場所で芽生えさせるために、さまざまな方法で種子を運ばせます。果実の多くは、鳥に食べてもらい、飛び回るうちにフンとして種子を落としてくれれば目的を果たしたことになります。
動物とちがって、植物は親のすぐ近くでは日照が足りず、子どもがうまく育ちません。多くの果実の果肉部分には、種子の発芽を抑制する物質が含まれていることが知られています。鳥が食べて果肉を消化し、離れた場所でフンとして出して初めて発芽する体制が整うという、ご丁寧な仕掛けまで備えているのです。
さて、真冬に実る果実は、どうも鳥たちの足下を見ているようです。果肉に糖分や脂肪分をサービスするコストをかけなくても、鳥たちは食べ物に困って食べてくれるだろうと踏んでいるわけです。といっても、食べ残される年も多いことを考えると、やっぱりそうそううまくはいかないのでしょう。
今年は冬鳥の渡来数が多く、木の実は作柄が芳しくなかったという情報があります。そろそろこれらの木の実に手が付けられる日が近いかもしれません。
(生物担当 秋山幸也)
生きものの持ち方(平成24年10月)
夏休みも後半の8月29日に、「小中学生のための生物学教室」を実施しました。定員を2倍近く超えるご応募をいただいたため、泣く泣く抽選して参加者を決めることになってしまいました。
さてその教室ですが、午前中は植物を扱い、花粉管の伸びるようすを観察するというオーソドックスな生物学の実験と観察を行いました。午後は、これまでやったことのない内容を試みました。それは、「生きものの持ち方教室」です。
講師は動物カメラマンの松橋利光さんと、ペットショップのオーナーの後藤貴浩さん。松橋さんは、両生類、は虫類を中心として図鑑や写真絵本で独自の世界を築いている人気カメラマンです。じつは、まさに「持ち方大全 プロが教える持つお作法」(山と溪谷社)という本も出している“持ち方マスター”です。後藤さんはもちろん職業柄、あらゆる動物を扱いますし、今回、なかなか手に取ることのできないいろいろな動物を持ってきてくれました。
生きもの好きが集まる教室ですから、子ども達、大興奮でした。ただ、これは持って遊ぶ教室ではないので、生きものを傷つけない、弱らせない持ち方をしっかり解説してもらいます。
今回扱う動物は、犬や猫などペットとして何千年もの歴史のある動物ではなく、いわゆる“エキゾチック系”(ペット業界や獣医師の間で、犬猫以外の動物をこう呼びます)。ウサギに昆虫に甲殻類に…そしてヘビやカエルなど。できれば人間になんて持って欲しくないと(たぶん)思っている動物ばかりです。松橋さんによると、コツは、「動物にあきらめさせること」。つまり、暴れさせず、どうにもならない、降参、と思わせる持ち方が大事だということを教わります。
それでも、気持ちを抑えきれないのが生きもの好きの子ども達。自分たちもまるっきり同じだったので、なでまわしたり肩にのせてみたり、多少のことには目をつむります。それよりも、普段持ったことのない、あるいは、持てるなんて思ってもみなかった動物を持てたという記憶を持ち帰り、そして、その生きものをこれから身近に感じてもらえればこの教室の目的を果たしたことになります。さて、教室参加者の子ども達、今頃は「飼いたい!」とおねだりしておうちの人を困らせているかな? (生物担当 秋山幸也)
夏の花粉症(平成24年7月)
花粉症の原因植物と言うと、まっさきにスギが挙げられます。他には?と尋ねられれば、ヒノキ、そしてオオブタクサあたりが次に来るでしょうか。季節的にはスギ、ヒノキは早春、オオブタクサは夏の終わりです。しかし、晩春から初夏にもかなりひどい症状が現れる人もいます。
その犯人はというと、イネ科植物です。花粉症の原因植物はすべて、風に花粉を飛散させる風媒花(ふうばいか)です。虫に花粉を運んでもらう虫媒花(ちゅうばいか)の花粉は一般的に粒が大きく、また、粘着性もあるので、風で飛ぶことはありません。従って、花弁があって花が目立つ植物は、自然の状態では花粉症の原因とはなりません。逆に、いつ咲いたのかわからないようなイネ科植物などは、まずほとんどが風媒花だと思って間違いありません。
中でも、5月頃から道ばたや、草刈りがあまり行われない草地などにはびこるネズミムギやカモガヤは、代表的な原因植物です。写真を見れば、おそらくご近所で普通に目にされているのに気付くことと思います。花弁が無いのでわかりにくいのですが、雄しべの葯(やく)が飛び出している時が、開花。つまり、花粉をたくさん飛ばしている時です。
もちろん、花粉症の原因となるイネ科植物はこの2種だけではありません。野外で見られる、葉が細長くてイネやアワ、ヒエなどに似た形の植物はほとんどイネ科だと思って間違いありませんし、花粉症の原因となる可能性があります。じつは、イネも原因植物の一つです。8月頃、水田の近くで花粉症の症状が現れる人はイネに反応しているかもしれません。
ところで、花粉症の複合的な原因の一つに、自動車の排気ガスによる大気汚染が疑われています。ネズミムギやカモガヤがクローズアップされるのには、花粉の飛散量が多いことに加え、市街地との相性の良さがあるのかもしれません。
8月から秋にかけては、もう一つ強力な原因植物があります。それは、カナムグラです。茎に小さなとげがびっしりと生えていて、他の植物やフェンスなどにからみつく、つる植物です。花はやはり、花弁が無くて目立たないのですが、開花期にこの植物を揺らすと、もうもうと煙のように花粉が舞います。
こうして見てみると、冬を除いて一年中、花粉症の原因植物が咲いていることになります。私も何を隠そう、イネ科やカナムグラに反応しやすい花粉症です。植物を扱うことが多いだけに、悩ましい問題です。野外調査に出る時は、季節やフィールドの環境によって事前に抗アレルギー薬を飲むなど、花粉症のスイッチが入る前に手を打つようにしています。(生物担当 秋山幸也)
広がりもせず、絶えもせず-不思議な外来植物(平成24年4月)
相模原市南区の、さらに南の端。国道16号線沿いのある一角に、神奈川県内ではここでしか確認されていないという、珍しい外来植物があります。外来植物なので、本来ここにあるべきものではありません。従って、珍しいからと言って絶滅危惧植物というわけでもありません。でも、神奈川県の中でたった1カ所、ここだけ。やっぱり注目せずにはいられません。
その植物とは、ニセカラクサケマン(ケシ科)。いかにも外来植物らしい名前です。外来植物の和名には、「よそ者」、「招かざる者」というニュアンスが込められたものが少なくありません。「ニセ○○」、「○○モドキ」、「イヌ○○」…。頭にイヌとつくのは、有用とされる植物に似ているけれど、あまり使い物にならないというような意味のようです。なんだかつけられた植物にも、犬にも失礼な話ですね。ちなみに、ニセカラクサケマンの本家扱いのカラクサケマンも、外来植物です。
さて、そのニセカラクサケマンですが、現在書店で市販されている図鑑でこの名前を探そうとすると、なかなか難儀です。私が知る限り、『日本帰化植物写真図鑑 第2巻』(全国農村教育協会,2010年)しかありません。地方限定の出版物や学術報告書などではほかにもありますが、いずれにせよ、極端に知名度の低い植物であることは間違いありません。
この場所でニセカラクサケマンが発見されたのは、2003年のことです。相模原植物調査会の会員が見つけて、『神奈川県植物誌2001』などにも記載がないことから、神奈川県新産であることがわかりました。以来9年経ちましたが、不思議なことに、周辺に広がりもせず、絶えることもありません。越年草なので、毎年しっかりと結実し、発芽、越年して代を重ねていることになります。
外来植物というと、在来の生態系に悪影響を与える特定外来生物がクローズアップされることが多いため、よい印象を持たれることはほとんどありません。事実、在来の植物の生育を脅かすような広がりを見せているものもあり、油断はできません。でも、視点を変えてみると、在来の植物の生育環境を人間が改変してしまった場所へ、外来植物が緑の穴埋めをしてくれている、という見方ができる場合もあります。少なくとも私は、外来植物すら生えていないような環境を、想像したくありません。
だからと言って、保護しましょうなどと言うつもりは毛頭ありません。しかし、幹線道路を走る自動車の風圧や排気ガスにも耐えて連綿と世代を重ねる姿に、ちょっと共感のようなものを抱いてしまうのも事実です。(生物担当 秋山幸也)